<助成団体活動取材ノート> Vol,21 津野神楽保存会

津野神楽保存会会長の寺田浩之さんにお話を伺いました。

寺田浩之さん(左)ご夫妻

津野の神楽は、戦前から八幡神社の大祭典に合わせて奉納されており、途中で中断してしまった時期があったようですが、昭和50年代に復活し現在まで続いてきた地域の伝統芸能です。昨年10月13日の大祭典に合わせて神楽の準備を進めていたさなかに台風に見舞われてしまいました。

「12日が宵祭りだったので、その時点で神楽は津野公会堂の前に出して準備してあったんです。でも台風で祭りは12日に中止と判断され、しかもすぐに避難したほうがいい、と知らせてくれる方がいて、本当に慌ただしく自宅の中もそのままで避難所に駆け込むことになって。」と寺田さんは振り返ります。

津野地区は、2メートル以上にもなる洪水に襲われ、地区内の全世帯が被災という甚大な被害に見舞われた地域です。一刻も早い避難行動はとても重要な対応でした。

しかし、公会堂の前に置かれたままの神楽はやむを得ずそのままになってしまいました。

「水が引いて戻ってみると、神楽自体は流されてはいませんでしたが、原形をとどめる状態ではありませんでした。」と寺田さん。

でも、寺田さんはそれからしばらくは自宅や地域の復旧作業で神楽のことはすっかり忘れてしまうくらいの忙しさだったそうです。

「ひと段落したころ、ようやく神楽のことを思い出しました。もしかしたら災害ゴミと間違えられて捨てられちゃっているかなと思いましたが、ちゃんとありました。」

冗談ぽく話される寺田さんですが、多くのものが流されて消失するなか、残っていることの方が不思議だったのかもしれません。

ただ、原形をとどめない神楽をどうするか、保存会長として悩ましい問題があったそうです。

「実は、保存会も高齢化が進み、担い手がだんだん少なくなっていたんです。存続自体をどうするか考えていかなければいけない時期に来ていた時に被災してしまった。」

修復して存続するか、それともここでもう幕を引くか。保存会の先輩方に相談することに。

「そうしたら、みなさん口をそろえて絶対修復してまたやるんだ、っていうんです。練り歩くときに履く下駄も流されたからそれも用意しろとまで言われるくらいで。悩むまでもないですよね。それで、助成金をお願いすることになりました。」

祭りは単に神社の祭礼というだけでなく、住民同士がつながり合う大事な地域行事なのだと思います。被災により住民がバラバラになっているときだからこそ、神楽を通じた心のつながりを絶やしてはいけない、そんな保存会の皆さんの思いが伝わってきました。生まれ変わった神楽が練り歩く津野の風景は、被災された地域の皆さんの心に響くことと思います。

-取材:2020.7月-